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2007年11月27日 (火)

小説・レインボーエキスプレス 7章「風に流れて」-1


 レインボー・エキスプレスがアフガニスタン国境に到着したのは、テヘランを出発してから三日目の朝のことだった。夜を徹して走れば一昼夜で走破できる距離にもかかわらず、これほど時間がかかったのは、その行程に昼夜を問わず十ヶ所を超える検問があったからだった。検問の主な目的は政治犯の検挙のようで、外国人旅行者である一行は最後にはおとがめなしになったが、検査の緩いところで三十分、厳しいところでは二時間以上の足止めをくらった。また出発の時、食糧を積み込めなかったため、途中の町で調達したが、テヘランが背後に遠くなったとはいえ騒動の直後。開いている店がなかなか見つからず、探すのにも手間がかかった。レオンは一刻も早くイランを抜け出そうとハンドルを握り続けたが、二日目の夜になるとさすがに疲労して、国境の手前の町「マシュハド」にバスを止め、仮眠をとりながら夜を明かした。
 そして、なんとか無事アフガニスタン入国を果たしたレインボー・エキスプレスは、降り注ぐ強い陽の光に照らされながら、ゆっくりとヘラートに向って走った。
 バスの中は難を逃れた安心感に満ちていた。とはいっても、スーは後部座席で横になり、アンはその前の座席で、二人とも静かに寝息をたてていた。ウーベも一番前の座席に座り、やはり寝ている様子だった。その横でレオンはフロントガラスの向こうに延々と続く街道を見つめながら無言でハンドルを握った。
 ヨースケはいつもの席に座り、外に流れる景色を眺めていた。あいかわらず続く乾いた大地は単調で、なにごともなく、永久に人の世とかかわりなくあるように思え、しばらく前に越えた国境の向こうであった騒動が、まるで幻のように現実感をなくしていった。しかし、ふとした時に蘇る記憶がヨースケを悩ませた。
………「みんながどうこうちゃうやろ! お前、ウーベの友達ちゃうんか!」
   「そんなこと言ったて・・・」
   「それでも男か!」
 バスの中は静かだった。ヨースケの座席とは反対側、車体の左側中央には出入り口のステップがあった。そのすぐ前の一人がけの席にカズが座り、しばらく前から後部座席で眠るスーを眺めていた。
「たいしたもんやなぁ」
 溜息まじりのカズの言葉がヨースケの耳に届いた。
「なにがですか?」
「あれで、まだ十九やで。血だらけの人間を、それもただの怪我人やない、鉄砲で撃たれたやつや。そんなもん目の前にしたら、普通、大の男かて失神するで。それだけちゃう、宿屋のオッさん『病院はアカン!』ゆうたんやろ。どないせーちゅうねん。それを『まかしときぃ!』ってホンマ、勇ましいもんや。医者ちゃうねんで。まだ看護婦の卵ちゃんやで。しっかりしてるわ。それに比べて俺はなにしてんねんやろ? あれはイヤや、これはイヤや、ゆうてたら、もう二十一や。情ないでホンマ。あの騒動より俺には、スーのテキパキッとしたとこのほうが激烈やった。こんなことしてたらアカンって、本気で思ったわ。なぁヨースケ、お互いしっかりせなぁ」
「お互いって・・・」
 ヨースケは、……しっかりしてないみたいじゃないですか、と反論しかけたが、思いとどまった。
「・・・、でも、そうですよね」
「なんや、その不満そうな言い方?」
「いえ、そんな、不満なんか、ありません」
「ホンマか? なんか言いたそうやけどなぁ」
 なにか説教でもされそうな雰囲気に、ヨースケは視線を反らし、窓の外に目を向けた。 すると、急にカズが話題を変えた。
「ところで、カブールで誰か探すとかゆうとったなぁ」
「スティーブン・セバスチャンっていう人です」
「長ったらしい名前やな。有名人か?」
「有名といえば有名ですけど・・・。まぁ、知る人ぞ知るって感じですね」
 自分の英雄のことだけあってヨースケは得意顔で答えた。ところがカズはそれを「ひけらかし」と誤解した。
「知る人ぞ・・・? そんなもん知らんわ!」
「そんな、怒らなくても・・・」
「イヤらしい言い方せんと、わかりやすく言え」
「アメリカの学生運動の指導者です」
「全学連か?」
「ん・・・。正確には、ちょっと違うんですけど」
「どこが違うねん?」
「アメリカには当時、S・D・Sっていう組織があって」
「おっ! スパイ組織やな?」
 いいかげん的はずれ甚だしいカズに、さすがにヨースケも苛立ち始めた。
「違います! S・D・S。スチューデント・フォー・デモクラティック・ソサエティー。民主社会学生同盟です。知らない人にはアメリカの全学連って、言ったほうがわかりやすいかもしれませんけど!」
「なんやと? 全学連は全学連やないか! わけのわからんことコチャコチャぬかすな!」
「正式名称を言っただけです!」
「アホか! 砕いて言わんか、砕いて。全学連は全学連や。いちいち全国学校連盟なんてゆうてられるか!」
「あのぉ、それぇ、全日本学生自治会総連合なんですけど」
「やかましいやっちゃなぁ。たいして変われへんやないか!」
「かなり違います!」
「こいつ、いちいち細かいことぬかしよって・・・。あっ! わかった」
「なんですか?」
「おまえの正体や」
「なんだっていうんですか?」
「ヨースケ自体が全学連だったんや」
「なんですか、それ? それに、全学連じゃいけないんですか!」
「堅いっちゅうねん。自由に生きたいんやろ。ヒッピーなんやろ。けどな、お前は見てくれだけや! 理屈臭いし、計算高いし、冒険とかゆうても、肝心なとこ冒険してへんやないか! 偉そうにドラッグの話するくせに、ホントにわかってんのか? 一回、溺れるほどやってみぃ!」
「それは違います!」
「どこが違うねん?」
「それは・・・・・」
「ほれみぃ、なんもゆえへんやないか。よーし、ゆうたるわ。だいたいなぁ、 こーでなきゃアカン、あーでなきゃアカンって、頭の中、カチンコチンやろ。なんかこぅ、見てて『パーン!』って弾けるもんがないねん。ここ一発『ウワァー!』って行かなアカンとこを、『ポソ、ポソォ』っとしか行けへんしやなぁ。それにゆうてることに『ガツーン!』って来るもんがないねん。『ドヒャー!』っともしてへんし、『バリバリッ!』ともしてない。つまりやなぁ、『ドッカーン!』って、けーへんねん」
「・・・・・・・」
「なに黙っとんねん?」
「難しくて・・・、わかりません」
「だ・か・らぁ。理屈ちゃうねん。感じなアカンねん!」
 ヨースケは黙ったまま俯いた。カズはその姿を見て呆れる反面、哀れにもなった。
「まぁ、しゃぁないな。全学連やもんなぁ」
 しかし突然、ヨースケは、
「違います!」と叫ぶと、目を潤ませながら話し始めた。
「僕が、世の中が変だって思うようになった時には、全学連なんか影も形もなかったです! 置いてけ堀だったです! なりたくても、なんにもなかったです! でも、やっぱり、どう考えても世の中が変だから、なんで変なのか、知らなきゃいけないと思った。けど、誰も教えてくれないから、自分で探すしかなかった。六〇年代にはいろんなことがあったみたいだから、一生懸命掘り起こしてみたけど、どんなにいいものでも、やぱり埃をかぶったガラクタばっかりだった! けど、スティーブン・セバスチャンは違った。なんかキラキラしてて。『破壊すべき壁が自分の中にあるはずだ。それを見つけて壊せ! そして創造へ踏みだそう』って・・・。どう説明していいか。スティーブンの言葉って、生き方って、なんていうか、つまり・・・」
 ヨースケは感きわまって、叫んだ。
「ガッキーン! ってくるんです!」
 言い終わってみると、感情的になったうえ、論理的にスティーブン・セバスチャンを語れなかったことが恥ずかしかった。
「すみません。うまく言えなかったです」
 ところがどうしたことか、カズが穏やかに微笑んでいた。
「ええ話や。それに、良くわかってるやないか。キラキラしてんのやろ。ガッキーン! なんやろ。それやねん。それでええねん」
 意外にもあっさり理解を示したカズではあったが、ヨースケにしてみればそれで納得していいものやら、不安にもなった。
「こんなことで、いいんですか?」
「当たり前やないか。理屈とは違う、感覚的な共感や。そーゆうお人なら、ぜひ会ってみるべきや。応援するでぇ!」
「あ、ありがとうございます」
 ところがその後、カズのちゃっかりした言葉が続いた。
「そのかわり、チャラスのほうも、頼んまっせ!」

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