2009年6月12日 (金)

隣のジャズピアニストさん CD完成

前に何度か報告した、隣のジャズピアニストI・Kさんの
横浜のジャズライブハウスでのソロライブのCDが
めでたく完成しました。

すでに、
この作品はI・Kさんの代表作になるであろうという評判があり、
そのジャケットデザインをお手伝いできたということが
ほんとに光栄です。

このブログには
I・Kさんと知り合う経緯を書いた
バックナンバーもいくつかあるのですが、
プライバシーにかかわることもあり
不特定なところからの検索にかからないよう
実名などの表記はさけてきました。

ただ、今回は大きめの写真を添付して
作品名、アーティスト名がそこからわかるようにしました。
それから検索すれば関連HPを見つけられると思います。
興味のあるかたはどうぞ、調べてみてください。Ik_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 5日 (火)

隣のジャズピアニストさんのCDジャケットデザイン

お流れになったりするといけないので
内緒にしておりました。

梅の咲くころ、
木造モルタルアパート四畳半にある
私の仕事場のトビラをたたく音が。

あけてみると
フリージャズピアニストであらせられるところの
お隣さんI・Kさんが立っていました。
(同じカテゴリーにこれまで何回か書いた経緯があります)

そして、突然おっしゃるに
「CDジャケットやってよ」

もちろん、
そんな楽しいお話断るはずもなく
お引き受けして、
その後、
ああでもないこうでもないと
隣どうし部屋を行き来しながら
制作をすすめ、
なんとか、できあがりつつあるところです。

内容は横浜のライブハウスでのソロ録音で
発売は6月初旬予定。
はっきしいって
内容いいです。
ジャケットデザインをお手伝いできることが
光栄です。

残念ながらプライバシーにかかわる部分もあり
アーティスト名、アルバム名はふせておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月28日 (水)

隣のジャズピアニスト(続編)

ちょっと前の話になりますが、
1月7日、地元阿佐ヶ谷の名曲喫茶で
仕事場の隣にお住まいのジャズピアニスト、
I・Kさんのライブがありました。

ニューヨークやロシアまで招かれて演奏に行く人のライブが
自宅から自転車で10分ていどの小さな喫茶店で
それもたった1000円(ドリンク付き)で聴けるというのは
東京ならではのことと、つくづく。

いまさら自分が暮らす街を「つくづく」というのもへんですが
思えば東京に出て来てから、この4月で30年。
もともとこの土地の人間ではなかったので、
そんな気分でながめると、なかなかどうして、「つくづく」なのでした。

前衛的なジャズの即興演奏というのは
なじみのある音楽ジャンルではないですが、
ライブとなるとこれはべつ。
わからないなりに生音にひたって過ごす時間は悪くないです。
お客さんはたった3人でしたが、演奏に手抜きなし。
3月にも同じお店でライブとのこと。
また、おじゃましようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月15日 (月)

隣のジャズピアニスト・3


 さて、かくいう僕もいくらか音楽をたしなむくちで、非常にゆるいペースながらライブなどやっています。昔はエレキでロック・バンドをやっていたこともありましたが、家庭の人となって久しい中、スケジュール調整の難しいバンド活動はなかなかできず、なんとかできるのはアコースティックでのソロ・ライブ。
 しかし、それさえなかなか大変で、忙しいときにはギターもさわらなくなり、気がつけば弦を押さえる左手の指先はフニャフニャ。これでは三曲も弾けば指先が痛くなって、演奏がゆるくなってしまいます。歌もノドを鍛えなおさないと、ライブの途中で声が枯れて歌えなくなったりします。若い頃ならともかく、なにかとメンテナンスの必要にせまられる年齢になってのライブには、数週間前からの調整が不可欠なのでした。
 そんなわけである日、近所のスタジオで練習した後、ギターを担いで仕事場に戻って来たところに、隣の部屋からI・Kさんがちょうど出てきました。
「あぁ、やっぱり音楽やってんだ」
 長髪にベルボトム。僕の見た目がいかにも七十年代風なので、そう思ったのでしょう。
 しかし、プロの、それも壮絶な演奏をするI・Kさんには、僕の音楽など恥ずかしいもので、あまり気づかれたくなかったのですが、見られてしまったのではしかたなし。ひらきなおって、
「あははは、いや、その、学芸会ですよ。学芸会」と、言ってその場をにごしました。
 そんな風にして、ご近所付き合いをする日々が続きました。

 そして、今年の六月二日。
 公私ともになにかと波立つことの多いこの頃。「それでも」と、無理を承知でブッキングした吉祥寺・曼茶羅でのライブ。
 時間をやりくりして、なんとか態勢を整えてのぞみましたが、舞台に立ったとき、準備不足から気持ちがひるみ、予定していた曲はすべて歌ったものの満足のいくライブとはなりませんでした。その帰り道、足取りは重く、いろいろと思うところもあり、「もう、やめよう」と思いました。
 翌朝、気分の重いままいつものように仕事場に行くと、ちょうどI・Kさんが部屋から出てきました。
「あっ、おはようございます」と、僕が言うと、おもむろに、
「昨日、どうだった?」と、聞き返しました。
 しばらく前に、やはりスタジオ帰りのところを見られて、「実は6月2日に学芸会なのもで」と話したのをおぼえていたようでした。
「歌い込みが足りなくて、へこんで帰ってきました」 と答えると、I・Kさんは明るく、
「あはははは」と、笑いました。そして、穏やかに言いました。
「俺も、いつもそうだよ」
 気にすんなよ。
 そんな表情で手を振って、起き抜けのヨタヨタとした足取りで、お便所に入っていきました。
 僕は、ひとり廊下に立ち、そして考えました。
 あんな壮絶な演奏をする人が、自分の演奏に満足できずに帰ってくる? 
 にわかには信じられないことでした。
 僕を励ますためにそう言ってくれただけじゃないのか? 
 そんな風に考えながらも、しばらくして、
・・・でも、たぶん、ほんとなのだろう。
と、思うようになりました。
 本物のアーティストはどこまでも自分の世界を広げようとするのが宿命だから。
 そして、独り言を言いました。
「か、かっこいい」
 それまでI・Kさんのことを、「貧乏ながら、悠々自適な音楽人生の人」と勝手に思っていたところがありました。もちろん、それでもかまわないのですが、実際は毎回のライブで死闘を繰り広げる「壮絶な音楽人生」なのでしょう。
 そんなことがあって、現金なもので、その日のうちに、
「次のライブは高円寺・稲生座だ!」と、考える自分がいました。

 今もI・Kさんは元気で隣に暮らしています。
 そして夕方お見かけするときなど、その夜がライブかどうか、すぐにわかります。
 ライブの日はさりげなくダンディにきめて、表情も心なしかキリッと。
「今晩、ライブですか?」
 そう僕が聞くと、
「うん、あぁ、そう」と、照れ気味に答えます。そして、
「いってらっしゃい」
と、アーティストを戦場に送り出すのでした。
        (平成二十年十月三十一日)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月14日 (日)

隣のジャズピアニスト・2

 その後、なかなか話をする機会もないまま、頭の隅でお隣さんのことが気にかかっていました。
 あの時の話しぶりから趣味ていどの音楽ではないだろうと想像できたので、もしかするとホームページがあるかも知れないと考え、ネットで調べてみることにしました。検索は郵便受けに書かれた名前で。その時はじめて、I・Kさんという名前を知りました。
 そして調べてみるとホームページはすぐに見つかり、それによると、
「I・K。ジャズ・ピアニスト。彼が繰り広げるインプロビゼーション(即興演奏)は、エリック・サティ(二十世紀初頭の前衛的音楽家)の世界に通じ、その演奏は世界的にも評価が高い」
 なかなか驚きの内容でした。しかし、状況的なギャップから「ちょっと、これは別人ではないのか」と、疑いを持ったのですが、添えられた写真を見ると、まさにお隣さんその人。その姿も、ピアノを前にとてもダンディでした。そしてライブ・スケジュールを見ると、中に新宿「ピット・イン」の名も。新宿ピット・インは数あるジャズ・ライブハウスの中でも老舗中の老舗。半端なミュージシャンの出演できるところではありません。CDリストも外国のミュージシャンとのセッション・アルバムもいくつかあり、海外での演奏活動も報告されていて、そのホームページ自体も熱心なファンの人が運営しているものでした。
・・・、こりゃ、すごい人が隣に住んでるもんだ。
 そう思いながら、
・・・、でもなんで、こんなところに?
と、思いながらホームページの先を読んでいくと、「ただし」という内容が書かれていました。
「日本の貧乏なジャズマンの三本指に入るのではないか、云々」
・・・なるほど、と、納得しました。

 次にアパートの廊下で顔を会わせたとき、
「ホームページ見ました」と言うと、I・Kさんは、
「あぁ、あれ。見たの?」 と、照れ笑いしました。
「来月のピット・イン行きますよ」
 僕がそう言うと、
「そいつは嬉しいねぇ」と、いつものように屈託ない笑顔で答えました。
 そしてピット・インのライブ。
 お客さんの入りはぼちぼちでしたが、ドラム、ベース、女性ボーカルと、その日のセッション・メンバーはみな若いながら強者ぞろいとのこと。
 僕が普段聴く音楽はロック、ブルース、歌謡曲も含むポップスの類。ジャズも好きですがその幅は狭く、ビル・エバンスやM・J・Qなど比較的聴きやすいものしかわかりません。それでも一応絵描きという意識もあるので、アバンギャルドな即興表現にもいくらか理解はあると自負しています。その貧弱な感性を精一杯全開にして聴く限り、I・Kさんの演奏は終始、張りつめた緊張感に満ちていました。とくに若いミュージシャン達にソロをまわし、じっとうつむきながらピアノを弾いていない時にさえ、曲全体を見渡す指揮者のような緊迫感があり、ふたたびピアノを弾き始めたそのタイミングには思わずゾクッとするような壮絶感がありました。
 ライブが終わって挨拶に行くと、いつものボロアパートでのI・Kさんと変わりなく、
「おぉ、来てくれたんだ、ありかと、ありがと」と、気さくに答えてくれました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月13日 (土)

隣のジャズピアニスト・1


 僕が自営でデザインの仕事を始めたのは、今から十八年前のこと。その後間もなく結婚、長女誕生と生活が変わり、住むところもそれまでの六畳一間の安下宿から2DKのアパートに移りました。それから七、八年、自宅で仕事をしていましたが、子供が育つにつれてなにかと手狭になり、十年ほど前、自宅からさほど遠くないところに仕事場を持ちました。
 仕事場というとなんだかたいそうですが、実のところは築ん十年の木造モルタル・アパートの四畳半。そんなに広いところでなくても仕事はできるので、これで充分でした。
 今では学生も贅沢になって、家賃五、六万円のユニットバス付ワンルームマンションなどに住むのが一般的になりましたが、この手の物件に仕事場を持とうにも、まず先立つものが足りず、また、こういうところは小綺麗ではあっても小さな箱に詰め込まれたような、圧迫感があって好きではありませんでした。東京に出て来てからずっと、昔ながらの安下宿を転々としてきて、馴染んだ気楽さもあり、かような部屋を仕事場にしたのでした。
 その物件、一階は大家さんの自宅で二階が貸部屋になっています。外にある鉄製の階段をあがって中に入ると、中央の薄暗い廊下を挟んで左右に三部屋づつならび、計六部屋。僕のところは右側、方角でいうと西側の真ん中。内部は四畳半のスペースと押入は一畳。入口に半畳の靴置き場があり、そこに簡単な流しがついています。もちろんお便所は共同。これで一ヶ月の家賃、二万五千円。東京ではヘタをすると駐車場料金にこれくらい払っている人も少なくないでしょうから、安上がりな仕事場ともいえます。しかし、この程度の出費にさえヒーヒー言っているのが、情けないかな、実状です。
 さて、僕はここを仕事場として使っていますが、他の人たちは、当たり前ですが、住んでいる様子です。しかし一番長い人とはよく挨拶をしますが、その他の人は生活の時間帯が違うのか、あまり顔を見ることもありません。どうやら学生はいないようで、したがって、社会人で今どきこういう物件に住むという事情にはなかなか怪しい空気が漂っています。この十年間、いろいろな人たちが入れ替わりましたが、中には家具、生活用品を残して姿をくらますという謎に包まれた人物もいました。

 そんな中、二年前の夏、しばらく空いていた隣の部屋に 誰かが引っ越してきました。
 間もなく、仕事場のトビラを叩く音がして出てみると、菓子折を手にした白髪で渋い容姿の六十年輩と見られる男性が立っていました。
「あははは、隣に越してきましたんで、よろしく。これどうぞ」
 その人から手みやげを受け取ると、
「これはまた、ご丁寧に、どうも」
 こういうところでは引っ越しの挨拶など珍しく、ちょっと恐縮して、
「ここ仕事場で、昼間けっこう音楽かけてますけど、夜はほとんどいませんから」
 造りが昔の建物なので「音」は、隣合わせるものどうし一番気になることですが、その人は、
「いやいや、ぜんぜん気にしないから」と、人の良さそうな笑顔で答えました。
 それでも挨拶くらいで人物のすべてがわかるわけでもなし。しばらく仕事中にかける音楽のボリュームを絞り気味にしていましたが、とくに問題がおこることもなく、さほど神経質な人でもないとわかり安心しました。
 ところが、なにをしている人か詮索する気はありませんでしたが、オンボロアパートのために隣の物音や気配はなんとなく伝わってくるもので、どうやらお隣さんは昼間は部屋にいて、夜、留守のことが多い生活をしているようでした。
 したがって、昼間廊下で顔を合わせることもしばしばで、そのたびに、
「いや、これはどうも」と、お互い照れ笑いなどつくって、挨拶したものでした。
 そしてしばらくしてからのこと、僕が近くのコンビニで買い物をすませて仕事場に戻る途中、ばったりお隣さんと出会いました。
「やぁ、これはどうも」
 僕も答えて、
「はぁ、どうも・・・。お洗濯ですか?」
 お隣さんはコインランドリー帰りの様子で、洗濯物の入ったプラスチックの篭をかかえていました。
「あはははは」
 屈託のなく笑ったあと、二人ならんでぽつぽつと歩き、そして、
「ところで、仕事なにしてんの?」と、質問がかえってきました。
「印刷物のデザインやってます」
「あぁ、グラフィック・デザイナーか」
 僕はこのカタカナ職種名がくすぐったく、あまり得意ではないので、
「はぁ・・・」などと、適当に答えていると、
「俺のライブにも、同業者の人がよく来るよ」と、言いました。
・・・俺の、ライブ?
 僕は一瞬、考えました。
・・・ということは、
「音楽、やってらっしゃるんですか?」
「うん、ピアノをね。またよかったら見に来てよ」
 相変わらずさわやかに笑うお隣さんに、
「・・・、えぇ」と、お茶を濁すような返事をすると、間もなくアパートに着き、それ以上話は進みませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)