稲荷神社の里神楽
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前年度後期、
娘の通う高校のPTAの広報をひきうけて
広報誌をお母様たちに黒一点でまじって
制作したのですが、
なんと、
都内PTA会長会というのがあるそうで
そこのPTA会報誌コンクールというのがあって、
私らのつくったものが
「特別賞」をいただいたということなんです。
どれくらい
ありがたいのかわからないのですが、
なんにしても
楽しい作業ではありました。
3月に打ち上げがあったのですが、
そりゃもう、
楽しいったらありゃしなかったです。
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昨日の朝、
いつも使っているマックを起動すると、
「あれ? 動きがおかしい」
と、思う間もなく、どうにもならない状態になり、
動かなくなりました。
それは旧式も旧式、10年も前の機種なので
いつつぶれてもおかしくないと、気構えはあったのですが、
やはり、ショックでした。
まぁ、こういう機材を使って仕事をしている責任上、
バックアップは鬼のように何カ所にもとってあるので
データの消失はなかったのですが。
こんなご時世、仕事は火の車。
どう、お金を工面したものか。
秋葉原へ行けば1万円くらいで中古はあるけど
以前から計画していた「マックG4」だと、
いまでも5万円くらい。
すぐに、というには、とほほ・・・、
が、しかし、
なんか、動かなくなり方がどうも納得できず、
あれやこれややってるうちに
どうやら「ハード」的な寿命ではなく、
「OS障害」か、なんらかの「ソフト障害」の可能性ありと判断。
メンテに挑むこと午後から夜まで。
結局、システムそっくり入れ替えて、
なんとか「復旧」とあいなったのでした。
ほんとなら昨日は、
時間のあるうちに確定申告を済ませてしまおう
と思っていたのに、まったく!
なんで、こんなことに時間を使わなければならないのか。
私がこの仕事でフリーとして独立した頃は、
紙と鉛筆だけで仕事ができて
デザインそのもので商売してきた。
でも今は、デザイナーとしての評価は
デザインだけではなくて、
どういうコンピューターシステムを
保持しているかということも大きい。
最新の機械が素敵なデザインを生み出すんじゃない!
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娘の通う高校がデザイン系の学校であるため
今後の進路など含めて私の方が
なにかと話が手っ取り早いであろうと
PTA関係一式をやっています。
で、
在学中の間になんらかのPTA仕事を
お手伝いしなければならない宿命にあり、
それならはやめに手慣れたことをと、
「PTA広報」を引き受けました。
そして、広報誌をつくるため
この半年、何度となく土曜日に都内にある学校に通いました。
やっと、明日その広報誌のレイアウトデータが完成する運びとなり
めでたし、めでたし。
しかし、
PTAというのは、
だいたいがお母さま方が引き受けられるのが一般的で
お父さんが出席するというのは、やはり珍しいほうです。
ところが私の場合、それに加えて、
腰までとどきそうな長髪をゆわえもせず、
ベルボトムのまんまですから
最初はさぞ、お母さま方は驚き、
警戒されたことではないかと想像します。
しかし、見た目と違って意外と「無害」であることを
理解していただけるようになると、
かえって「おもしろいお父さん」と思っていただけるのか
広報の集まりなど、なごやかで、また、はなやかでもあり、
けっこう楽しかったのでした。
で、
つい本気が出てしまい、
できあがるものは、
なかなか、たいしたものとなりそうなのでした。
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今年の旧正月は1月26日。
ということで、今年もあと残すところ3日。
そして正月を迎えると、
本当の丑年(辛丑、かのとうし)、
と、同時に、
すべての人が一つ年をとるのが「数え年」。
それからすると、私は50歳(満年齢は48ですが)。
成り行きとはいえ、この年になって、
なにかしら、ひとまずの達成感というか
「ここまで来られた」感があります。
まぁ、それはそれとして
来年は旧暦では閏年で、
閏月(うるうづき)があり、
来年の場合は5月が2回で、13ヶ月の年です。
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さて、久しぶりに読み物の連載でもしてみようかと思います。
題名は「隣のジャズピアニスト」
今週末から来週にかけて
3回シリーズにしようと思っています。
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しっかし、齢48も目前。
無理できないなぁ、とつくづく。
暑い、寒いがきつい!
これまで、若いときとかわらない夏、冬の暮らし方をしてきたけど、
数年前から春秋の彼岸すぎまで、
暑さ負け、寒さ負けがひどくて、なかなか体調が戻らない。
これは季節が良くなっても、しばらく思うとおりに身体が動かない、
ということで、これではまずいと。
で、この夏は身体に熱をこもらせない、ことに努力しました。
もちろんクーラーなしの環境で。
まぁ、いろいろな工夫もしましたが、
とくにお湯のお風呂にはほとんど入らず水浴びですませ、
これは風呂好きの私としては物心ついてから初めてのこと。
今年は雨でお盆過ぎから気温が下がってくれたので、
いたって体調は良好。
8月中はとにかく大人しく、やりすごす。
9月にはいったら、ぼちぼちエンジンをかけて、と。
そんなこんなで「復活」です。
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ところで、私に関しては、
旅そのものには、もう執着がなくなり、
切実なのは、これから何が表現できるのかということで、
力をその方向に集中させないと。
年齢的な問題があるので。
子供もだいぶ大きくなったので
さほど面倒もかからないけど、
ご飯くらいはなるべくつくってあげようかと。
「なに食べさせようかなぁ」と考えるのも、
あと何年でもなし。
そう思うと、この時を大事にしようと思うのでした。
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そして年を取った先には、老後というものがあって、
しかし、「老後なんて考えるのはあさましい!」
と、思ってきたのですが、
やはり、ちょっとこの頃、現実味を帯びてきました。
で、私の老後・・・・
それは、やっぱり、
「盆と正月に、どこからともなく帰ってくるじいさん」
が、いいなぁ。
普段は世界中をほっつき歩いてて、
頼まれもしないのに、盆と正月には帰ってくる。
「いいかげん、どこかにおちつきなさい!」って、子供に怒られながら
正月が終わる頃には、
もう、どっかに行っちゃっていない。
「3年連絡がなかったら、もうこの世にはいないと思ってくれ」
ということにして、
で、2年と11か月間連絡なしで、とうとう旅に朽ちたかと思ったところに、
ひょっこり帰ってきて、がっかりさせるなんてのも、
なかなか、お洒落かな?
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親というものは、
結局、
子供を玄関から送り出すまでが仕事で、
あとは、
成り行きを見守るしかない、と。
「平凡とは、もっとも非凡なこと」
中学3年の時、
私らの受験が近づいて、
担任のM先生がおっしゃた言葉ですが、
先日、先生にお会いする機会があり、
その時、
娘が高校受験ということを話すと、
「この時期をいかに、日常的に過ごすか」
と、アドバイスいただき、
昔のことを思い出しました。
はたして、
私は、
娘に、
この時期、
ごく日常を過ごさせてあげられただろうか?
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毎年春に、郷里豊橋でグループ展があって、今年も出品する作品を描き始めているのですが、
これまでになく、かなりの苦戦をしています。
HP「ヨースケの家頁」に作品例がありますが、
シリーズとしてここ10年描き続けている「だいだらまんだら」は、
これまでバックは黒と決まっていました。
これを一度離れようと思い立って、白や薄茶などの地に描き始めたのですが、
これがもう、描けば描くほどイメージから遠ざかっていって、
「だめだ!」と、もう、何枚おシャカを出したことやら。
やっと、ある方向性でアイデアは得られましたが、その「成功率」の低いこと。
わたしゃ、いったい、なにをやっとるんだ?
と、迷いまくりの毎日ですが、
「今」というのは、まさに今しかなくって(あたりまえですが)、
今、定着させないと、二度とないんですよね。
「あとから」なんていって
ほっておくと、気分だけじゃなくて、時間とか、あたりの、なんというか、空気感とでもいうか、かわっちゃうんですよ。
それに気づかず、どれだけいろんなものを取り逃がしてきたことか。
やっぱり、やっとこう。
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JRで春、夏、冬休みとゴールデンウィークの長期休暇に発売される「青春18キップ」のことで、時代が変わったと思うことがあったので、ちょっと書きます。
まず、このキップですが、1度スタンプを押してもらうとその日1日中、各駅停車でどこまで乗っても、どこでどれだけ途中下車しても大丈夫というもので、スタンプは5回分。一緒に行動すれば複数人で使用も可能。これで 11500円と、格安です。
うちの場合、家族3人で私の実家のある豊橋まで移動する場合、普通列車だと往復 約9800円なので、3人で約30000円弱になります。ところが、18キップだと、5回スタンプなので2人の往復と1人の片道分になり、あと1人分の片道を買えば、約16000円で済んでしまいます。
ということで、わが家はことあるごとにこのキップを使いまくってきましたが、夫婦揃ってインド貧乏旅行者上がりゆえのこと。こういうのは特別、あるいは変わった家族と思われてきました。実際、年末の帰省で各駅停車を使っても昔ならがら空きでした。ところがここ数年、事情が変わってきて、東京駅から乗っていた人がいつまでたっても降りることなく、車内はずっと満席、ということが多くなってきました。そしこの前の年末、娘と二人で豊橋に行った際、近くから家族連れ同士のこんな会話が聞こえました。
「うちも18きっぷなんですよ」
「そうですか、どちらまで?」
「奈良までです」
「おたくは?」
「京都です」
娘と顔を見合わせて小さな声で、
「うちよりすごいね」
こんな時代になったのだなぁと。
ところで、今回は娘と2人だったので、使ったスタンプは4回。1回分余ってます。1月20日まで使えるので、たとえばぶらっと熱海まで日帰りで行って温泉に入ってくる。お弁当でも持っていけば、500円くらいの温泉代だけで済む、なんてこともできるな、と。ビンボって逞しいでしょ。
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「ヒッピーらしくない」。これはこれまでの人生の中で、私がことあるごとに言われてきた言葉で、 とくに、インドからヨーロッパで長い旅をしていたころは頻繁に聞こえた。 「見てくれのわりに、まとも・・・、というより、固いくらい」という印象があるようで 「ヒッピー」=「ダラけた感じ」という一般のヒッピーイメージからズレていたためだと思う。 けど、数日前にも書いたとおり、これは世間のヒッピーに対する誤解がいけないのであって、 さらにいえば、当時のマスコミが適当にヒッピーを一般に紹介したせいでもあり、 また、それをうのみにしてマネをしたおバカさん(こういう人も結構好きだけど・・・)も悪い。 で、事、私に関して言えば、入り口がちょっと違っていたのでした。 それは中学の時、社会科の教師であり、3年には担任であったところのM教諭は 当時としては非常にユニークな教師で、かつ、教育にも独特の信念を持っておられた。 だからM氏の歴史の授業はとくにおもしろかった。 そして、3年最後の社会の授業の時、氏は教科書を離れて「現代のアメリカと世界」と銘打って 1970年代における世界の出来事とその意味、そして「その中で君たちは生きてゆくことになる」 という、今思い出しても実に画期的な授業をしてくださった。 その中に、歪むアメリカ、あるいは物質社会に対して、対抗する若者達の動きがある。 ということで、ヒッピーについて語った。その時の授業が現在の私の考え方の基礎になっているといえる。 これは「私立」ではなく、「公立」の中学校で行われた授業であった。 つまり、公立中学校の正規の社会科の授業で習ったことを、 私は忠実に実行しようとしてきたのである。であるからして、 学校で勉強したことを、そのままやってるだけなのだから、「普通」であって当たり前なのでした。
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なにもしていないようでいて、自分はけっこう「この時代」と闘っているように思う。 たいしたことではないけど、わが家には電子レンジがない。 理由は、あの食物の均一な「温さ(ぬくさ)」が気に入らないから。 はっきり言うと、「気持ち悪い」。で、妻から、「ほかのうちは料理が楽なのに」とか、 時々苦情が来るが、「子供が成人するまで、うちに電子レンジは入れん!」と、 ここまで、17年間頑張ってきた。そのかわりに家事も少なからずしてきた。 分子レベルでどうなってしまったのか、わけのわからんものを、日常的に子供に食べさせたくない。 そして、クーラーも同じく、わが家にない。地球温暖化がいわれ、ヒートアイランド現象のまっただ中、 やはり、妻から苦情がくるが、なんとかこれも17年間頑張ってきた。 おかげで、娘は暑さ寒さにめっぽう強い。少なくとも、彼女の自律神経は健全に発育したようだ。 しかし、そういう私が、この頃、つらい。年をおうごとに、一夏、一冬越すのが、大変に感じる。 今年の夏は9月20日まで、暑かったので「暑さ負け」が重かった。 機械じゃないので、涼しくなればすぐ回復するわけではない。 やっとのこと、今朝、苦なく起きることができた。毎年の感じから、「これでなんとかなる」と、安心するのだった。 とにかく、死ぬまで、私はこれらと闘い続けるのであった。
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去年から始めたこのブログ。今年に入って、 ゆるい書き込みになってましたが、久々に特集を組もうと思います。 音楽ネタで、この頃ライブハウスなどで観た音楽家で印象に残った人たち、 ずっと追っかけてるバンドの今、などを紹介してみようかと。で、その予告。 第1回・いよいよ12月メジャーデビューが決まり、そのレコーディングに入ったエレクトリックママ。 第2回・楽曲素晴らしく、地道な活動を続ける奥村たまきさん。 第3回・70年代初頭にあった空気感を独特の音楽感覚で表現するオハイオ101(ワン・オー・ワン) 第4回・若き日のピーターを思わせる妖艶の弾き語り、朱音(あかね)さん。 第5回・12月5日発売のセカンドアルバムを完成させて、ライブがいよいよ白熱してきた毛皮のマリーズ。 第6回・アジアを意識した音楽感、反骨の若者、根本くん。 第7回・追っかけしたくても、とある理由でそれができない、環+ス%ード=/¥ツ。 第8回・爆音で神業のライブを展開するスランキーサイド。 と、いったかんじで書いていきたいと思います。思いつきで追加があるかもしれません。明日あたりがら月末にかけて。 お楽しみに。
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経済的に、時間的に、空間的に、年齢的に、なにかと心身の限界を感じながら、逆に 「えっ! こんなことまだできるの!」と、「残された」どころか、かなりやれることがわんさかあって、 うんざりするやら、嬉しいやら。しかし、なかなか、このご時世はきつい。 そんななか、先日中学3年になる娘の運動会に行った。運動会をカメラを持ってうろうろするのは 小学校まで、と決めていたのに、義務教育最後と思うと、つい、出向いてしまった。 娘の100メートル走を撮ろうと、ファインダーをのぞいていると、 なにか、感慨深いものを感じた。初めての保育園の運動会から、干支一回り。 こんな私が、それでもカメラなどぶらさげて、子供の姿をおう、普通の父親をやってこれた。 振り返ってみると、そんな間抜けな自分の姿も、まんざら悪くなかったのかも知れない。などと・・・。
金曜日はエレクトリックママ、スランキーサイドのライブだった。 好きな2バンド共演で、至福のライブ。 やっぱり、自分の耳は間違ってないと、確信したのであった。 さて、本日から、通常ブログ。 しばらく前まで放送していたNHKの朝の連ドラ、「純情きらり」について。 普段テレビを観ない私が9月末までの半年間、ほぼ毎日、観逃すことなく、このドラマを観ました。 舞台が愛知県の岡崎(西三河)だったため言葉に三河弁が使われ、私は豊橋(東三河)出身ですが おおむね言葉は同じで、祖母の使っていた情緒豊かな古い三河弁が懐かしく、 つい夢中になってしまいました。 話も戦前、戦中、逆流の時代の中、音楽を志す女の子の物語で、なかなか面白かったのですが・・・・、 ドラマは最後に思わぬ展開で終了してしまいました。 そのことについて、先日、故郷の友人達の運営するHP掲示板に「感想」を書いたので、 ちょっと、それをここに再掲載してみたいと思います。 ・・・・・・・・・・、ちょっと時間をおいて、 冷静になってから書こうと、思ってたんです。 なんだぁ! 「純情きらり」の終わり方は! あのドラマのタッチはハッピーエンド調だったじゃないだか?! それがなんだぁ! ヒロインだぞ! ヒロイン! それを、結核ぅ? 時代から言やあ、そろそろペニシリンが出る頃じゃないだか?! なんとかならんかっただか! 戦前、戦中、さんざん苦労させといて、 自分の演奏会は病気で中止、 産んだ子供も抱けずに逝かにゃならんなんて、 そんじゃ、女の地獄ぢゃないか! 「音楽は人に力を与える」とか話すすめといて、 最終回の終わり1分前まで病気に苦しんどらにゃいかんじゃ、 ちっとも、音楽なんて、薬にもなんにもなっとらんぢゃんか! いったい、なにを言いたいだ! 「人生、いいことなんか、ないよ」って、言われとるみたいぢゃないか! この半年間、なにを見せとっただ! 怒っとるのはワシだけじゃないでな! 実家に電話かけたら、二川の衆、 みんな「がっかりだ!」って、 どえらい怒っとるって言っとったぞ! どうしてくれるだぁ! 桜子を返せ! なんだか、まだ、言い足りんけどなぁ、 今日は、このへんにしといてやらぁ。
ドイツにウーベという20年来の旅仲間がいた。面長でブロンドの長髪に丸メガネをかけた容貌はジョン・レノンのようなやつだったが、土曜日の夜に友人から彼が亡くなったと訃報が届いた。詳しいことは分からないが、突然の脳梗塞のようなことではなかったかと思う。私よりも2つ若かった。旅に明け暮れて好き勝手な人生を送ったが、それでも私より1年先に台湾の奥さんとの間に1人男の子を持ち、同時期に父親になったということからも、遠くにいても身近に感じる男だった。また、徴兵を拒否して、最終的には国と闘い、無罪を勝ち取るという、骨の太いやつでもあった。お互いいい年になり、子育てが終わったら、また、インドあたりで悪さでもしながら一緒に遊べる。それもさほど先のことではないと思っていたのに、残念でならない。今年の正月にドイツから夫婦で電話をくれたのが最期になってしまった。喪に服すでもないけど、2、3日ブログはお休みします。あしからず。
自宅、仕事場ともに冷房なし。「暑い、暑い」と言いながらいくつ夏をこえたことか。
私はべつにエコ人間ではなく、「環境」とか「地球にやさしく」とか、
こんなになって、今更なにを言ってるのだと思うところがある。
私が冷房を使おうが使わまいがどうなるでもなかろう。
ただ、個人的に、冷房にひったて夏を過ごしてしまうと、秋からがきついといことを
経験的に知っているので、仕方ない場合をのぞいて意地でも冷房には近づかない。
冷えた飲み物もさけ、常温でさましたお茶を飲む。
でも、ヒートアイランドというのはやはりきつく、みんな冷房をやめてくれればと
正直思うが、世の流れというのはしかたない。
ヘン! おれんとこはなぁ、タイ、インドで暑いのにゃ慣れとらぁ!
これっぱかしの暑さくらい、なんだらぁ! ドたぁけ!
ということで、今年も頑張ってくれている骨董扇風機の雄姿でした。

ちょっと、今日の内容はごくごく個人的な必要性で書いてます。 どえらいローカル、かつ年代物のラジオ番組に関することで 読んでもらうより、むしろこのタイトルが検索でひっかかって どなたかコメント、あるいは情報が得られれば、などというもくろみです。 70年代後半。愛知県のFM局「FM愛知」にコンタクトクラブという深夜番組がありました。 柴田チコという女性DJがロックファンのリクエストに快く答えてくれた番組で、 詩の朗読などもあり、淡々としたトーンの、今思えば70年代な感じの番組でした。 かくいう私、中学から高校にかけて、なんどリクエストや投稿をしたことか。 で、いまさらながら、柴田さんとこの番組に関する情報が得られたらと思うにいたり、 かような試みに出た次第。 その真の目的は、1・テーマ曲だった「裸足のイサドラ」の音源を入手するための情報を得る。 2・もしも番組の録音を所有されてる方がいらしたら、ダビングしていただけないか。 この2点です。ちなみに私は77年夏、番組が最終回を迎える直前の録音を所有しています。 では、可能性は少ないにしても、このブログを見て感心をもたれた方がいらっしゃいましたら、 コメントお願いいたします。
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