忘却の美術作品・5「エルグレコ美術館(スペイン・トレド)」
かつての旅で、行く先々、かなりこまめに美術館、博物館の類を見て回った。
しかし、あれからいよいよ20年の時間を経ようとしている今、その記憶の劣化は惨憺たるもので
、深く埋もれるならまだしも、記憶そのものが脳の老化とともに分解消滅しかけていることを実感する。
そこでこの機会に、自分が「どこで」、「なにを見て」、「どう感じたか」を
掘りおこせるものは、せめて、記録しておきたいと思った。「いつ」に関しては
何の記録も残していないので、ヨーロッパの場合なら「1987年の春から夏にかけて」と、ひとくくりにするしかない。忘却の手前でいくつ記憶を救い出せるのだろうか。
「消えるにまかせてしまえ」とささやく、もう一人のパンクな自分に背を向け、記憶煩悩を強行する。
その第1回目はダ・ヴィンチの作品。 若かった私は人並みか、それ以上に愚か者だった。
世間一般に知名度の高いものは「いまさら、見る必要はない!」という粋がった考えを持っていた。
美大生だった頃、ヨーロッパ古典技法への興味は深かったが、
ダ・ヴィンチの、それもモナリザとなると、あまりに有名で、だからかえって
「そんなものは見なくても充分知っている」くらいに思い、ルーブル美術館に行ったときも、
そこに存在するのは知っていても、探してまで見ようとは思わなかった。
しかし、ぶらぶらと館内を歩いていると、必然的にモナリザの展示室に入ることになり、
遠くから「これかぁ」などと思いながら近づいて行った。
ところが、真正面に立ったとき、愕然とした。自分が数多くの複製を見て知っているつもりだった
その絵は、全く違った肌合いを持ってそこにあった。「絵画空間が、めちゃくちゃ深い!」「なななななな、なんだこりゃ!」と、しばらく足を床にへばりつかせて絵に見入った。「頭をトンカチでぶん殴られたような」という形容はその時にこそあてはまるだろう。前後の記憶はもはや薄らぼんやりしているが、
あの時受けた絵の印象は鮮明で、今でもはっきり思い出すことができる。
そこで得た教訓も大きかった。「複製にだまされるな!」。
よりライブ志向を強めるきっかけはここにもあったと思う。
それからまた、2か月ほどあと。イタリア・ミラノに立ち寄ったとき、「最後の晩餐」を見に行った。
かつての修道院の食堂にあるこの作品は、長い時間と大戦による破損が激しことは知っていたので、そこからなにかを感じられることは期待していなかった。ところが・・・・・、その破損の激しさにもかかわらず、作品を通して見える奥行きの深さに、またも愕然とした。遠近法が成功しているとかそんなのじゃない、歴然とした空間があった。「なんでこんなことができるんだ! ダ・ヴィンチちゅう作家はいったい、どういう人間だったんだ?」愚人にわかるはずもない疑問を残し、完全な返り討ちにあった。とにもかくにも、愚かな若者だった私が、
この2つの作品を素通りしないですんだのは、本当に幸運だったと、時が経つにつれてさらに思いは深まるのだった。
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