2007年11月10日 (土)

小説・レインボーエキスプレス 2章「チープスリル・パリス」-5


 翌日、陽がだいぶ高くなってから起きた二人は、その一日、行動をともにした。
 フランスでは英語が通じにくいといってもそれは町中のことで、銀行や公共機関では話は別だった。充分な英語力と旅でいくらか身につけた経験でヨースケはカズの両替や生活に必要な日用雑貨の買い物など手伝い、その替わりに一日分の食事と、もう一泊の宿を提供してもらうことになった。旅行案内所にも行って、街のどこにカズの行きたい場所があるのかも調べた。ところが、カズはすでにパリにもフランスにも興味を失い、次の日、ヨースケを見送った足でアムステルダムに向かうと言い出した。
 夜、宿に戻るとヨースケは買ってきたノートに旅で役立ちそうな英単語や言い回しをまとめ、オランダに行くための移動方法などわかるだけのことを書いて渡した。
 そして翌朝、二人は旅支度を整えて、約束の時間の少し前、ノートルダム寺院の前に立った。
「お世話になったのに、見送りなんてすみませんね」
「かまへん、かまへん。そのマジックバスとやらも見てみたいしな」
 バスを待つ間、ヨースケはもう一度オランダに行く段取りをカズに言って聞かせた。
「大丈夫やって、カギじゃあるまいし」
「ほんとですか? 心配だなぁ。それと、あんまりアムステルダムでハメはずさないでくださいね。どんなものにも限度ってものはあるんですから」
「見てくれのわりに、堅いこと言うなぁ。心配せんでもええで」
「お願いしますね。それと、いろいろありがとうございました」
「いや、こっちこそ。けっこうオモロかったで。いろんなこと教えてもらったし、助かった」
 そこにほぼ時間どうり、レオンのバスがやって来た。
「ホンマに、幼稚園バスやなぁ」
「そうなんです。ショックなんです」
 そしてバスが二人の前にゆっくりと止まると、同時にスーが窓から身を乗り出して、笑顔を輝かせながら可愛らしく手を振った。
「ヨースケ! パリはどうだった?」
「うん。あんまり稼げなかったけど、面白かった。そっちは?」
「すごくいいところで、楽しかったわよ。ヨースケも一緒に来れば良かったのに。ねぇ、その人お友達?」
「そう。パリで知り合った日本の人。だけど、この人はこれからアムステルダムに・・・」と、言いかけたとたん、カズは突然、ドン! と、片手でヨースケを突き飛ばした。
「なにするんですか!」
 ヨースケが機嫌を損ねて言うと、しかし、カズは涼しい顔をしながら答えた。
「なにが、アムステルダムやねん?」
「えっ?」
「誰がアムステルダム行くゆうてん?」
「・・・・・・・・・・」
「なに、黙っとんねん?」
「どういうことですか?」
「英語で、『一緒に行く』って、なんてゆうねん?」
「はぁ?」
「鈍いやっちゃなぁ。英語で『一緒に行く』って、なんてゆうたらええか、教えてくれって聞いてんねん!」
「・・・、GO WIHT YOU」
「なんや。それでええんか。簡単やな」
 そしてカズはバスの方を向くと、満面の笑みをその顔に浮かべ叫んだ。
「ごぉー、ういず、ゆう!」
「えっ、ほんと? 素敵じゃない! レオン! 一人お客さん増えたわよ。ヨースケのお友達!」
 スーの言葉を聞いてアンも窓から顔をのぞかせて喜び、レオンは運転席から、大きな声で言った。
「スゲーじゃねぇか。これで総勢五人だ。旅らしくなってきた。早くそいつを紹介してくれ!」
 ヨースケは腑に落ちないまま、カズのニヤけた横顔を見ていたが、その魂胆が絶世の美少女スーにあることはすぐに読めた。
「おっ! なにしてんねん。はよ乗るで!」
 カズはヨースケを置いて、さっさと一人先にバスに乗り込んだ。そして、いきなり自己紹介を始め、
「まい、ねぇーむ、いず、カズ。アハハハハ・・・」と、笑いながら握手をして回り、レオンはそれに答えて言った。
「レインボー・エキスプレスにようこそ。すべてノー・プロブレムだ」
「ヨースケ! やっぱりマジックバスやなぁ。『ノー・プログラム』ゆうとるで。『予定なし』ちゅうこっちゃ! アハハハハ・・・」
 カズのノリの良さは、アンもスーも気に入ったようで、「ハロー、よろしくね」と、嬉しそうに迎えた。
 ヨースケは一人納得いかない気持ちを残しながらも、「まぁ、いいか」と気を取り直し、荷物を持ち上げるとバスに乗り込んだ。
 そして乗客を一人増やしたレインボー・エキスプレスは、パリを後にフランスを南に向かって走り始めた。

(2章「チープスリル・パリス」終わり。3章「フラッシュバック」に続く)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年11月 9日 (金)

小説・レインボーエキスプレス 2章「チープスリル・パリス」-4

 カズが泊まっていたのは、リヨン駅に近い小さな宿だった。二つのベッドがそれぞれ部屋の両壁につけて置かれ、その間は約一メートルくらいあり、床にはカーペットが敷かれていた。入り口と反対の壁には小さな窓があったが、すでに外は暗く、天井から吊された照明が花柄の安っぽい壁紙を照らしていた。それでも狭いながら小ざっぱりした部屋で、ヨースケがこんな部屋に泊まるのはこの旅始まって以来のことだった。
 宿に戻る前にカズはどこか食堂に入って夕食をおごると言ったが、そこまでしてもらうのは気が引け、近くにあったスーパーでサンドイッチの食材を買い込み二人で宿で食べることにした。簡単な食事を終えて、ヨースケは二つのベッドの間に座り込み、荷物を整理しながら、経験は少ないながらカズに役に立ちそうな旅の技術や情報と、この旅に出た動機や体験を話した。そして、カズはそれを興味深げに聞き入った。
「へぇ、マジックバスなぁ」
 カズはベッドに仰向けになって、両手を枕に天井を見上げながら、感心したように言った。
「ロンドンからカトマンズかぁ。そいつは、また、スゴい冒険やなぁ。世の中、変わったこと考えるやつがおるもんやなぁ」
「すみません、自分のことばっかり話しちゃって。もっと旅に参考になることが話せればいいんですけど」
「そんなことないで。オモロいわ。それにしても安く旅行できるもんやねんな。びっくりするわ」
 カズは満足そうだった。
「まだ腹減ってないか、金貸すで。歌って稼いだら返してくれればええわ」
「いえ、大丈夫です。お腹いっぱいです」
「遠慮せんでもええで。おごってもええねん。親からせびった金や。お前みたいな旅やったら、一年以上ブラブラできるんちゃうか?」
 話も一段落して、部屋に静けさが戻った。
 ヨースケはふと思いつき、世話になったカズへの礼になるかもしれないと、ハーモニカのケースにしまっておいたガンジャ(大麻)と巻きタバコ用の紙を取り出し、それを巻き始めた。カズは相変わらず天井を見上げたまま、なにか考えごとをしている様子だったが、しばらくして口を開いた。
「話聞いてたら、フランスなんかどうでもよくなってきたわ。ヨーロッパでも回ってみようかなぁって気になるわ。春までに帰ればええしな」
「それも、いいかもしれませんね」
「そう思うか? ・・・、それにしても、お前も変なやつやなぁ。その年で一人でこんな旅に出てくる根性あるくせに、なんであんなポリさんぐらいにビビってんねん? ・・・、んっ?」
 ヨースケは舌を横に滑らせながら紙の端を湿らせていた。それに気がづいたカズが怪訝な顔をした。
「おまえ、嘘つきやなぁ! タバコ吸うんやないか」
 そして、ヨースケは巻き終わったガンジャを「どうぞ」と、差し出した。
「なんや?」
「お世話になった、お礼です」
「洋モクやろ、それ。まだ日本のタバコあるし、ええわ。洋モクは臭いがどうもアカンねん。日本から持って来たのがなくなったら、いやでも吸わなアカンのは、わかって・ん・ね・ん・け・ど・・・」
 急に、カズの視線は差し出された物に集中した。
「あっ! お、お、お前ぇ。これ、まさかぁ・・・」
「ガンジャです」
「ま、麻薬か?」
 カズはベッドから飛び起きた。
「麻薬というより、ドラッグですよ」
「マ、マリファナやな」
「そうです」
 カズは興奮し始めた気持ちを抑えながら、差し出されたガンジャを手に取り、それをしげしげと眺めた。
「子供のくせに、こんなもん、どこで手に入れてん?」
「ロンドンでもらったんです。くれた人はアムスで買ったって言ってましたけど」
「えっ、どこやて? アヌス?」
「アムステルダムです。オランダは大麻解禁してますから、べつに珍しいもんじゃないみたいです」
「す、吸うて、ええんか?」
「どうぞ」
 カズが思った以上に興味を持ったらしいことに、ヨースケは気を良くして笑った。
「これがマリファナかぁ。イージー・ライダーみたいやなぁ。どないすればええの?」
 カズは緊張していた。
「タバコと同じです。ただ、吸ったら煙を肺に長く留めてくださいね」
 ヨースケにそう説明を受けると、カズはガンジャを口にくわえ、自分のライターで火をつけた。そして、言われた通りに大きく煙を吸い込み、三十秒ほど息をとめた後、一気に吐き出し、
「うまいもんちゃうなぁ」と、眉をひそめた。
「味わうものじゃないですから」
 同じようにして三服ほど吸うと、しかし、急にカズは眉間に皺をよせて、不機嫌な口調で言った。
「なんやねん? お前、俺をおちょくってんのか?」
「はぁ?」
「全然、効けへんやないか」
 その声にはドスの利いた凄味があり、ヨースケは戸惑った。
「そ、そんなに、すぐに効くもんじゃぁ・・・」
「俺がなんも知らんと思って、騙してんのとちゃうやろなぁ」
「ま、まさか、そんな・・・」
「そこらへんに生えとる葉っぱとちゃうんか、これ?」
 ヨースケは大麻に関する書物はかなり読んでいて、知識もあり、それを特別な植物と思ったことはなく、場を和ませようと軽い冗談のつもりで、
「そこらへんっていえば、そこらへんの葉っぱですけどね」と、言った。
 しかし、カズをはそれを完全に誤解した。
「なんやと?」
 突然、カズは大声で吠えた。
「ちょ、ちょっと・・・」
「なにが、ちょっとじゃぁ! 人が親切にした、これがお返しか!」
「そ、そういうことじゃなくて・・・、つまり・・・、あの・・・」
「なにゴチャゴチャぬかしとんねん! 表ぇ、出ろ!」
「そ、そんな、ご、誤解です・・・」
「やかましい! ゆうとおりにせんか!」
 カズは凄まじい勢いで怒鳴り散らし、ベッドから身を乗り出して飛びかからんばかりだった。身の危険を感じたヨースケは、とにかく部屋から逃げ出さなければと思ったが、恐怖のあまり腰が抜け、すでに立つことすらできなかった。
「人をバカにしたらどないなるか。よーく教えたるわ! 覚悟せぇ!」
 カズは怒鳴りながら、座り込んだまま動けないヨースケの胸ぐらをつかんだ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ・・・・」
「往生際が悪いのぅ。さっさと立たんかい!」
 もはや成すすべはなかった。しかし、こんな時でさえヨースケの妄想癖は襲いかかる恐怖をよそに勝手にはたらいた。
……… 闘いに敗れ、今にも崩れ落ちそうに立ち尽くす男の姿。哀愁を漂わせ、口から一筋の血を滴らせながら、ニヤリと不敵な笑いを浮かべるその男は、思いがけないことに、ヨースケ自身だった。殴り倒されることはもちろん望んではいなかった。しかし、この古い街の石畳にゆっくりと沈んで行く己の姿は、まるで映画のようで、けっこう様になっていた。
 ヨースケは危機にもかかわらず、ついそれに酔いしれ、一瞬その恍惚感に浸った。
「なにニヤニヤしとんねん、このガキ!」
「べ、べつに、変なこと考えてたんじゃぁ・・・」
「つまり、考えてたってことやな。気持ちの悪い!」
 そして、カズはホテル中に響くような大声で怒鳴った。
「覚悟せぇ! 腐った性根、叩き直したるぅぅぅぅぅぅぅ、  うっ? うぅ、う、う、・・・、うわぁ、うわぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 突然、カズは悲鳴をあげると、頭を抱えて後にのけぞり、ベッドに倒れ込んだ。
 なにが起こったのか、ヨースケはさっぱりわからず、ベッドの上で頭を抱えたまま動こうとしないカズを、しばらく見守ることしかできなかった。すると、
「あひゃひゃひゃひゃひゃ・・・」
  カズが、突然、笑い出した。と、思うと今度は、
「あぎゃ!」と、叫んだ。
  どうやら、ガンジャが効き出したらしかった。ただ、そのトリップが「ナイス」なのか、「バッド」なのか、見当がつかなかった。そして、しばらくカズはベッドに伏せたまま動かなかった。ヨースケは心配になり様子を見ようとベッドに近づいた時、突然、カズはムクリと起き上がり、ごく普通の表情で、ごく普通に喋り出した。
「おい、ヨースケ。スゴイぞ。時間がな、ぴゅぅぅぅって、飛んで行きよんねん。なんやこれ。なんてゆうたらええねん。とにかく、スゴイねん。時間が、時間が、が、あ、あ、あぁ、ああぁ。う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁ!」
 叫ぶその顔には、「喜び」が溢れていた。珍しいケースではあるかもしれないが、バッド・トリップではないことは確かだった。
 二転三転する状況に右往左往し頭は混乱するばかりだったが、このカズの様子から殴り倒される危険からだけは解放されたことを知った。そして緊張の糸が切れ、疲れ切ったヨースケは床にへたり込むと、再び立ち上がる気力が出てこなかった。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ」
 カズはまた笑い出した。
「ヨースケ。これは、スゴイ! スゴイで、これは! あのな、時間がな、ぴゅぅぅぅって・・・、ぴゅぅぅぅって・・・、飛び、飛び、飛びよん、ね、ん。でな、な、うっ、うわ、うぁ、うわぁぁぁ!」
 歓喜とともに、頭を抱えながらカズはベッドに沈んで行った。
 恐怖の余韻は少し残っていたが、事態がこれ以上悪化しないことをヨースケは悟った。見れば、カーペットの上に吸い残して火の消えたガンジャが転がっていたが、それを拾うこともなかった。重い疲労感とともに眠気が襲い、瞼が重くなった。
「うわぁー!  スゴイ!  スゴイ!  スゴイ!  スゴイ!  スゴイ!」
 しかし突然、またカズが飛び起き、それに驚いてヨースケも目を覚ました。
「おい!  ヨースケ!  お前。こ、これ、な、これ、で、スゴい、で、んっ? ・・・、あっ!  あ! あ、ありがとおぉ! うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 恍惚として、カズはまた崩れ去った。
「喜んでいただけて、なによりです」
 ヨースケは独り言を言うと、そのまま目を閉じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 8日 (木)

小説・レインボーエキスプレス 2章「チープスリル・パリス」-3


 二人は無言で歩いた。そろそろ警官の姿か見えなくなるくらいまで行ったところで男が口を開いた。
「フィリピン人かと思ったで」
 その言葉は、まだ動揺の治まらないヨースケの耳を素通りした。
「途中から見てたんやけど、英語で歌ってたやろ。それにそんな恰好のやつ、今どきおらんしな、日本人ちゃうと思ったわ」
「そうですか・・・」
 警官との一件は男のおかげで切り抜けたものの、今度はこの男が何者なのか気になり、ヨースケはそれを探るように話に注意を向け始めた。
「けどな、客に向かって『ありがとう』ってゆうたやろ。それで日本人ってわかってん。そんなら同国人のよしみや、ちょっと見てったろうと思って後の方におったら、警察が来て困ってるやないか。悪いやつでもなさそうやし、助けたろと思ってな」
 男の口調には曇りがなく爽やかだったため、ヨースケは少し安心感をおぼえた。
「ありがとうございました」
「礼なんかええねん。それよりな、助けたのはタダちゃうで」
「えっ?」
「驚かんでもええわ。なんも、金よこせゆうつもりはないからな。あっ、ちょうどええとこにカフェーがあるで。あそこ入ろ、おごったるわ」
 スタスタと先に歩き始めた男の後を、ヨースケは少し遅れて歩きながら、あらためてその姿を見た。
 格好はごく普通にジーンズとTシャツ。髪は短く、年齢はヨースケよりいくらか上。一見したところでは大学生のようだったが、休みを利用しての学生旅行にしては手ぶらで身軽過ぎる感じがした。場所がパリなだけに留学生とも考えられた。
 カフェはフランスならどこにでもあるような店で、二人は店の前、石畳の通りに雑然と並べられた丸く白いテーブルの一つに席を選び、向かい合って腰かけた。それぞれコーヒーを注文した後、男は日本製のタバコを取り出してそれに火をつけると、今度は無言でヨースケにタバコのケースを差し出した。
「僕、タバコ吸わないんです」
「そっか。そうやな、どう見てもまだ子供やしな。いくつやねん?」
「高校三年です」
「十八か?」
 そう聞かれて、少し迷ったが、ここは正確に答えておくことにした。
「いえ、もう少しで十八です」
「そっか。まぁ、しかたないな。十八まで我慢や」
「・・・、あのタバコって、二十歳からじゃないんですか?」
「そうやったけ? もう、日本の法律は忘れた」
 大阪弁はテレビで耳にする程度であまり馴染みはなかったが、この男の話す言葉は強烈にアクが強く、典型的な大阪の、それも下町育ちに思えた。
「俺、三田一登(みた かずと)ってゆうねん。カズって呼んで。それでお前は?」
「ヨースケです」
「そっか、簡単でええわ。・・・、それでやな、ヨースケ!」
 カズは急に大声で話し始め、ヨースケは驚いて身をこわばらせた。
「なんやねん! このフランスゆうとこは! 観光で食ってるんちゃうんか! そら、全部とは言わんで。いろんな産業もあるかもしれん。そんでもな、かなり観光に頼ってるはずや。旅行パンフ見たら一目瞭然やろ! そうやったらそうで、どこの国の言葉でも、まんべんなく平等にやなぁ、話せなアカンで! 全然通じへんやないか! なにを考えてんねん、この国の人間は!  まぁ、話せへんなら、話せへんでしゃーないけどなぁ、洞察力ゆうもんはないんか、 洞察力は?  犬でももっと賢いぞ! 人間がなに考えとるかわかってくれるしやなぁ! 犬以下か! なにがエール・フランスやねん!」
 唐突にすぎる話を一気にまくしたてたカズは、それでもまだ言い足りなそうにヨースケに険しい表情を向けた。
「あ、あの、エール・フランス(フランス航空)って?」
「まぁ、細かいことはええ」
 カズはさらに話を続けた。
「三日前や、パリに着いたのは。空港までは誰か日本人がおってな、なんやかんや不便はせんかった。ところがや。街に入ったとたん、なにがなんや、さっぱりわからへん。『腹へった。うまいもん、どこ行ったら食える?』 て聞いても、ぜんぜん通じへんねん」
「それ、フランス語で聞いたんですか?」
「日本語や」
「・・・、それは、無理じゃ・・・」
「アホ! 大阪の人間やったらなぁ、外人に『難波花月はどこや?』『道頓堀はどこや?』『旨いタコ焼きはどこや?』って聞かれたら、……オッケー! ゆうて教えたるぞ! それだけちゃう! そこまで連れてったるわ!」
「・・・・・・・」
「情けはないんか? 情けは!」
 このカズという男の理屈はまったく自分勝手だったが、反面、裏表がなく、なにかを企んで近づいて来たのではないことだけは信じられた。そして心なしかカズの口調から勢いがなくなった。
「さんざんな思いして、なんとか泊まることは見つかったけどなぁ、安いホテルやし、ぜんぜん日本人おらへんねん。まったくお手上げや。ホテルのやつになに聞いても、ふやけた顔してわけのわからんことゆうだけやし。身振り手振りしてんねんで、俺は。もう、まいったわ」
「そう、ですか・・・・」
「なぁ、俺どないしたらええと思う?」
 急にそんなことを聞かれても、ヨースケ自身が旅の経験は浅く、人に偉そうなアドバイスなどできる自信はなかった。しかし、今しがた窮地から救ってもらった恩があり、なにか答えなければと、口から出るにまかせて言った。
「今のままで、いいんじゃないでしょうか」
 カズの眉間に皺がよった。
「なんやと!」
 ヨースケは、……ゆっくり旅に慣れて行けば良いのでは、と言葉を続けるつもりだったが、カズはそれを許さず、さっそく悪い意味で受け取った様子だった。機嫌を損るとなにを言い出すかわからず、身が縮まるような思いがした。ところが、
「お前、ええこと言うな」
 カズは「納得」という顔をしながら、大きな動作でゆっくり腕を組みをした。
「そうやねん、これでええねん。俺は俺や。俺を通したらええねん。お前、若いのにしっかりしてるなぁ」
 なにを納得したのかわよくわからなかったが、ひとまず自分が恩人の役にたてたらしいことにヨースケは安堵をおぼえた。
「まぁ、俺もな、迂闊やってん。人に、『ガイド・ブックぐらい持ってったほうがええで』って言われても、……そんなもんいらん!。『辞書ぐらい持ってけ!』って言われても、……そんなもんいらん!。『外国なめたらアカンで!』って言われても、……行きゃなんとかなる! って、ゆうてたからな。俺はな、これまで〈感覚〉で生きてきたつもりやねん。だから、情報・・・、つまり〈理屈〉やな、そういうもんに惑わされたくなかったんや。しっかし、アホなことゆうてたわ。ここの連中がこれほどアホとは・・・。完璧に失敗やった。まぁ、失敗はアーチストにはありがちなことやけどな」
 その後しばらく、カズはフランスにやって来た経緯を話した。
 話によると、カズは美大志望の受験生で現在三浪中。前年までは予備校に通って受験にそなえていたが、浪人三年目に突入したところで、……同じことをしててもしゃーない、という抽象的な理由を振りかざして、家でブラブラし始めた。人にはわかりにくくても、本人にはそれなりの心構えがあったようだが、これまで勝手を許してきた家族もこの態度には感心せず、なにかと小言を言うようになった。居心地の悪さを感じ始めたカズがその突破口に思いついたのが「本場の美・探訪の旅」で、口が達者なだけにたちまち親を説得してしまった。行き先にフランスを選んだのは、敬愛するマルセル・デュシャンの国という以外、とくに理由はなかった。
 一通り話したところで、カズが言った。
「ところでヨースケ。高校生がこんなとこでなにしてんねん?」
 今度は自分の自己紹介もかねて、なにから話したらいいものかと、頭をめぐらせながら、
「話は長くなるんですけど・・・」と言うと、
「そっか、そんなら後にしよ」と、ひとまずあっさり後回しにされた。
「それで、どこ泊まってんねん。聞きたいこともあるし、今晩遊びに行ってもええか?」
 ヨースケは一瞬、言葉を詰まらせた。
「どこか適当な駅に・・・」
「なんや、それ?」
「野宿するつもりなんで・・・」
 それを聞いて、カズは呆れた顔をした。
「野宿? ファンキーなやっちゃなぁ! 金ないんか?」
「えぇ、まぁ」
「そんならそうと、早よ言いや。俺んとこ泊まってもええで。なんでか知らんけど、シングルちゃうねん。ツインやねん、俺の部屋。もう、変えてくれゆうのも面倒くさいから、そのままにしてんねん。値段変わらへんやろ、来たらええわ」
「ほんとですか?」
 思いがけずその夜の宿を得たヨースケは、顔をほころばせて喜んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 7日 (水)

小説・レインボーエキスプレス 2章「チープスリル・パリス」-2


 準備万端整えて来た旅ではなく、旅の一般的な知識もまだ持ち合わせの少ないヨースケは英語圏を離れてさっそく戸惑った。英語が話せれば旅で困ることはあまりないだろうと考えていたが、いざパリで一人になってみると、思った以上に言葉が通じなかった。「フランス人は英語が話せても使わない」、などとよく言われるが、それを聞き知ったのは次にレオンたちと合流してからのことだった。
 それでもなんとか旅行案内所に辿り着くと、そこで無料の地図を手に入れた。ヨーロッパの夏は陽が長く、どこかに毛布を広げるにはまだだいぶ時間があり、地図を広げてこれからどうするかを考えた。見ればさほど遠くないところにポンピドゥー・センターという名称を見つけ、そこはなにか美術館のようなところだったと聞き覚えがあった。大きな建物の前には広場もあるようで、ヨースケはそこで歌うことに決めた。フランスの滞在は長くはないので、出費をおさえるために手持ちの旅費をフランス通貨に両替したくなかった。観光客も多そうなので、そこに行けば食べ物を買うくらいのフランなら陽が暮れるまでに稼げそうに思えた。
 ポンピドゥー・センターはヨースケにとっては面白みのない無機質な現代建築にしか見えず、またその中身にも興味はなかった。ただ、建物の前に広がる広場にはさまざまな大道芸人たちが芸や技を競っていて、そのレベルの高さには目を見張るばかりだった。中でも黒人二人組がソウルフルな曲にのせて繰り広げるパントマイムは、洗練されたパフォーマンスと彼らの体の大きさからくる迫力もあって、まわりには人だかりができていた。他にも五、六組、曲芸や手回しオルガン、バイオリンの演奏などでそれぞれに大小の人垣をつくっていた。その場の雰囲気に圧倒され、ヨースケはしばらく気後れしたが、食費を稼がなくてはならないという使命を思い出すと、なんとか気持ちを奮い立たせた。
 広場の一角に空きを見つけると、そこに行って腰を下ろし、荷物を置いた。まずケースを開けてギターを取り出し肩からかけると、次にアーミー・バックからハーモニカ・ホルダーとキーAのブルース・ハープを取り出し首にかけた。そしてブルース・ハープを鳴らし、その音に合わせてギターをチューニングしながら立ち上がり、調弦ができたとみると、いきなりコードEを強く弾きおろした。すかさずコードをAに変えさらに強く弾くと、そのまま典型的なロックンロールの3コード・パターンを展開し、それにブルース・ハープのアドリブをのせた。東洋人の少年が突然始めたアップ・テンポのロックンロールに近くを歩いていた観光客のカップルが足を止めた。一人でも立ち止まって聴き始めると、連鎖反応的に客が増えることをロンドンで経験していたヨースケは、客寄せのためのアドリブを早めに切り上げ、間をおかずに歌い始めた。曲は日本のロック・バンド、カルメン・マキ&オズの「とりあえずロックンロール」。さほどうまくはなかったが、力まかせに歌い散らす声には迫力があり、マイクなしでも充分聴きごたえがあった。聞き慣れない言葉で歌われるロックンロールに興味を持ってか、すぐに数人がヨースケの周りに立ち止まった。最初の曲を歌い終えると、息を切らしながら笑顔をつくり、日本語で「ありがとう」と言うと、パラパラとまわりから拍手が聞こえた。すぐに次の曲、ウッドストックで歌われたアーロ・ガスリーの「カムイング・イン・トゥ・ロスアンジェルス」を始めた。ヨースケは幸先の良さに興奮したが、この後二曲を続けてもそれ以上立ち止まる人は増えなかった。歌が悪かったのではなく、機械に頼らず聴かせるには、やはり限界があった。どんなに強くギターを弾いて、がなるように歌っても、屋外では半径十メートル以内に客を引き寄せなければ、その迫力は伝わらなかった。せめて、壁や建物を背にすればいくらか音が前に出たが、そこは広場の真ん中で四方に分散してしまった。しだいに一人、また一人と離れ始め、五曲目を歌い終える頃にはギター・ケースにわずかな小銭を残して誰もいなくなった。
 再び歌なしでギターとブルース・ハープのアドリブを始め、演奏しながらギター・ケースの中を眺めてみたが、お札は一枚もなく、大小のコインが七、八枚散らばっているだけだった。フランの価値はまだわからなかったが、その夜の食費にはどう見ても心細かった。そして、視線をさらに先に移したとき、突然ヨースケの表情が曇った。そこには二人組の警官がヨースケの方に向かってやってくるのが見えたからだった。
……… なんで?
 警官たちが近づくに連れて、不安が膨らみ始めた。欧米人から見れば自分が子供のように見えるということは、旅を始めてからイヤというほど思い知らされた。警官たちにしてみれば身なりの悪い東洋人の子供が一人で観光客相手に小銭を稼ごうとする姿は、なにかを疑うには充分だった。もし職務質問のうえ、連行されれば、日本に連絡されるかもしれなかった。そして彼らは明らかにヨースケに向かって歩を進めていた。
 演奏から勢いが消えた。背筋に寒気が走り、足が震え始めると、天性の妄想癖が一気に悪夢を頭の中に巻きおこした。
……… 二人の警官は強引に楽器を取り上げると、左右両方からヨースケの腕をつかみ、そのまま警察署に連行して、光のない、しかしだだっ広い留置所に放り込んだ。するとその闇の中になにかが光ったかと思うと、いきなり恐ろしいほど大きなハサミを抱えた不気味な男が現れ、ヨースケの髪を切ろうと追いかけ始めた。恐怖に怯えながら逃げまわったが、男は疲れ知らずに追って来た。すると突然、目の前に小さな扉が現れ、夢中でそこに逃げ込むと、中はやはり薄暗い部屋だった。見ると中ほどに椅子があり、疲れ果ててそれに腰をおろすと、あたりが急に明るくなった。まわりを見ると、そこは高校の教室でクラスメイトたちが身動き一つせずに席に座っていた。教壇には学校で一番融通の利かない体育教師が厳めしい顔つきで立っていて、ニヤリと笑うとこう言った。「今から服装検査を始める!」
「君、どうしたんだい?」
 警官が使った言葉はフランス語で、ヨースケには理解できなかった。
「えっ?」
 悪夢と現実を混同することはなかったが、正気に戻ってもヨースケは慌て戸惑った。挙動不審に思われてもしかたなかった。案の定、言葉が通じず、らちがあかないと思ったのか、警官の一人は指である方向を指し示し、「一緒に来い」という仕種をした。
「ちょっと待ってよぉ」
 弱々しい日本語がヨースケの口から漏れた。
 楽器を片づけるように身振りで指示され、ヨースケはしかたなくそれに従った。そして準備ができると、警官の一人が腕をつかみ、たぶん警察署があるであろう方向に連れて歩き出した。その時、
「なんや、お前、ここにおったんか」と、弾けるような声が後から聞こえた。
 振り向くとそこには長身の男が立っていた。
「ポリさん、ポリさん。これ、俺の連れやねん」
 驚いて振り向く警官たちに、男はアクの強い大阪弁で言葉を続けた。
「すんまへん。こいつ身なり悪いけど、悪いやつちゃいますねん」
 さらに男は満面にわざとらしい笑顔をつくりながら、ヨースケの腕をつかんだ警官の手をそれとなく外した。警官は男がなにを言っているかもわからないまま、押しの強さにあっけにとられながら成り行きに流された。
「お勤め、ご苦労さんです」
 男は小さく会釈をすると、今度はヨースケに向かって、
「ほな、行くで」と、軽く言った。
 あっけにとられてその場を動こうとしないヨースケに男は背を向けたまま、今度は小さな声で、しかし鋭く 言った。
「はよせんかい!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 6日 (火)

小説・レインボーエキスプレス 2章「チープスリル・パリス」-1


 ロンドンを出発した夜、レインボー・エキスプレスはドーバー海峡をフェリーで渡り、翌朝、休む間もなくパリを目指して走った。
 フェリーがフランスのカレー港に着いてから再びバスに乗り込む前、ヨースケはその周りを一巡りしてこれから旅をともにする、懐かしくも恨めしい車体をあらためて眺めてみた。すると、車体前部に製造メーカー「NISSAN(ニッサン)」、車種「ECHO(エコー)」と、メッキのくすみかけた前時代的な立体ロゴが鈍く光を反射させていた。このバスもヨースケの幼年期にあたる一九六〇年代には最新式国産マイクロバスだったかもしれないが、この時点で二十年近く過ぎた車体は、オンボロとまではいかないにしても、さすがに古ぼけて見えた。
 入り口のドアは二つ折りのアコーディオン式で車体の左側中央にあった。ステップを上がって車内に入ると、ステップをはさんで一人がけの座席が前方に三席、後方に二席並び、そして中央通路をはさんで車体右側には、前から運転席、その後方に二人がけの座席が四列並び、それぞれに普段は折り畳まれた補助席が付いていた。さらに最後部には四人がけの長い座席があったが、数えてみると四つある補助席を入れても座席はわずか二十一席だった。
 フランス西部のどこともしれない田舎道を走るその小さなバスの車内は、窓から差し込む昇ったばかりの陽の光で溢ふれていた。運転席のレオンは無愛想に黙ってハンドルを握っていたが、その横、一番前の席に座るスーとその後に座るアンはフロントガラスに越しに見える夏の朝のすがすがしい田園風景にはしゃいだ。
 ヨースケはというと、車内中ほどの二人席に座って一人窓の外を眺めていた。窓は横にスライドして開けることができ、外から流れ込む涼しい風に目を細めながら、長い髪が揺れた。
 アンはそんなヨースケに気づくと少し気がかりになった。フェリーの中でもほとんど話すこともなく、一人で過ごしていたのを思い出し、まだ大人になる手前の少年の気持ちを察した。
……… 人見知りしてるのかしら?
 前方に拡がる目新しい景色に夢中の妹を残して、アンはヨースケの座る席に向かった。
「ここ、いいかしら?」
 ヨースケは少し戸惑いを見せながら「はい」と答えると、アンは「ありがとう」と微笑み横に座った。
 座席は日本製だけあって小作りだったが、小柄なヨースケと細身のアンが一緒に座っても窮屈さはなかった。
「いい天気ね、なんだかいい旅になりそう」
「そうですね」
 ヨースケの反応に緊張を感じたアンは、雰囲気を和ませようとなにか話題を探した。
「黒くてまっすぐで、きれいな髪ね」
「えっ! そ、そうですか?」
 年上の女性からの褒め言葉に、ヨースケは少し表情を崩して照れを見せた。
「私もそんな髪だったらよかったのに」
「そんなことないです。 それに、こんなの骨董品(アンティーク)だから」
 そう言って、顔を曇らせた少年をアンは不思議に思った。
「どうして?」
「時代が変わっちゃったみたい・・・、置いてけぼりにされちゃった」
「なに言ってるの、そんなことないわ! 素敵よ、よく似合ってるし」
 アンが強い口調で答えると、それに驚きながらも、ヨースケは自分の意思表示でもある長髪を褒められて嬉しくなり、開きかけた心から言葉が溢れ出して、ロンドンのキングズ・ロードであったことを話し始めた。アンはそれを聞きながら、かつて自分が青春期を過ごした時代から、遙かに遅れてきた少年が立たされたこの七〇年代末という時代を少なからず理解した。
「そんなことがあったのね。でも大丈夫、あなたは間違ってないと思う」
 そう励まされると、ヨースケはロンドンから引きずってきた重い気分が少し楽になったように思った。
「それにしてもヨースケ、あなた英語上手ね。どこでおぼえたの?」
 さらに褒められて得意になったヨースケはその経緯を話した。心なしか、言葉遣いにも緊張が消えていた。
「僕が生まれたのは田舎で外国人は珍しかったけど、幼馴染みに香港生まれのイギリス人の男の子がいたんだ。近所に有名な陶芸家が住んでて、そこにお金持ちのイギリス人が弟子入りして、家族も一緒に連れて来てた。その人は香港に大きな会社を持ってて、忙しい時には向こうに帰ったけど、家族は日本のほうが住みやすいって、僕が五歳の頃から六年間くらい住んでた。幼馴染みの子はすぐに日本語をおぼえたけど、その子の家で遊ぶことが多くて、そこでは英語で話をしたんだ。お母さんがあんまり日本語わからなかったし、兄弟とは英語を使ってたから。それで僕も自然とおぼえちゃった」
「そうだったの、耳がいいのね。それと、それでわかった」
「なにが?」
「あなたの話し方には品があるのよ。きっと、その家は由緒正しい家柄なんでしょうね」
 思いがけないことまで褒められて、ヨースケは有頂天の気持ちを抑えられず、顔に子供のような照れが溢れた。それを見ると、アンは古い記憶を少しくすぐられるような気がした。

 車内の空気が和んだ頃、レオンが運転しながら大きな声で話し始めた。
「これからの予定だが・・・、とくに決めてない」
 どういうわけか、アメリカ人姉妹はそれに拍手で答えた。
「ところがだ・・・」
 レオンはハンドルを握ったまま背筋を伸ばして姿勢を整え、話を続けた。
「オレの野暮用ですまんが、パリからちょっと離れたとこに二晩ばかり寄って行きたいんだ。カミさん・・・、っていっても、とっくに別れたカミさんだが、あいつのおっかさんがフランス人でな、そこに住んでるんだ。オヤジさんが死んでから一人で国に戻って、もう年だし、ちょっと様子を見てってやりたい。いいとこだからついてくるなら歓迎するし、パリを見物したきゃ、また迎えに来る。どうする?」
 姉妹は少し相談してから、レオンに着いて行くと答えた。
「ヨースケはどうする?」
 少し考えてから、
「僕、パリに残る。街で歌って、少しでも稼いでおきたいから」と、答えた。
 パリ、ノートルダム寺院の前に着いたのは、午後、陽が西に傾きかけた頃だった。ギター・ケースとアーミー・バッグを肩からさげたヨースケがバスから降りると、レオンが窓越しに言った。
「二日後の朝九時、ここに迎えに来る。遅れるなよ」
「レオンこそね」
 ヨースケがからかうように言うと、
「うるせぇ!」と、レオンは舞愛想に答え、またアクセルを踏んだ。そして、走り去るバスの窓から身を乗り出して手を振る姉妹を見送った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)