「ツアー仕掛人、トトキ」

今回でHURDYGURDYのツアーは通算5回目になります。

1回目 2015年10月 名古屋、浜松2days
(スランキーのナベジ君と)  
2回目 2016年6月 名古屋、豊橋2days
(ナベジ君と)
3回目 2016年10月 名古屋、大阪、京都3days
(HURDYGURDY単独)
4回目 2017年6月 名古屋、大阪、京都、豊橋4days
(単独、豊橋でナベジ君と合流)
5回目 2017年8月 名古屋、駒ヶ根、上諏訪3days
(雪月花と) 

アサクラは家庭時代から細々と都内でソロライブを続けてきましたが、HURDYGURDYを始めたのはつい3年前の2014年、すでに50代を半ばをむかえていました。で、活動を初めて1年ほどしたところで、「アサクラさん、ツアー行きましょう!」と、ととっくんとスランキーのナベジ君に背中を押されて、初ツアー。思えば、20代の終わり頃、「SHIFT DOWN」という「村八分」系のバンド在籍中に名古屋、大阪ツアーをしてから約30年ぶりのことでした。その時、大阪での共演が「メスカリンドライブ」だったことを思うと、ずいぶん昔のことと感慨深くもなります。
HURDYGURDYツアーの立案、企画、運営はおおむね、ととっくんです。名古屋を起点に、中山道を北上するルート、また、ユニットとして活動を始めた「雪月花」が同行するというのもととっくんのアイデアでした。緻密に組み上げたツアースケジュールを、自らの飲み過ぎでビミョーに狂わせながらも、だいたいのところは段取りのとおりに進ませ、肝心のライブは予想以上の成果をあげ、その功績は功労賞に値するでしょう。
ところで、アサクラはこのツアーに対してなにをしていたのでしょうか? それは、まぁ、いってみれば、影の存在というか、黒幕とでもいうのか? 
ととっくんが
「アサクラさん、今度はこういうふうにしようと思うんだけど、どう?」
と、問いかけると、
ゆったりと扇子をあおぎながら、アサクラ答えて
「やれ、わしが責任をとる」
もちろん、口ばっかり(田中角栄か!?) 。

アサクラは、この年齢になって、こんな「やんちゃ」ができるとは思ってもいませんでした。まさに、果報者です。